P.S様のご来館を戴きました!

ご来館戴いたP.S様

 

昨日に引き続いて、連日となる夏日の快晴となりました本日の開館直後にP.S様のご来館を戴きました。

 

受付後、私の頼もしい相棒である翻訳機(ポケトーク)を従え、意気込んで?臨もうとしましたが、P.S様は「日本語で話しても大丈夫です。専門用語はわからないのですが、日常会話はできます」との想定外の流暢な日本語のご返事が‥

 

今回は出番がなかったポケトークに対しまして「今回はゴメン‥」と心の中でつぶやきながら、ポケトークを文字通りポケットの中にそっとしまい込みました。

 

改めまして、日本語でP.S様に「よろしければ、ご案内しますか?」とお尋ねしますと、「お願いします」とのご返事でした。

 

どちらのお国から?」とお尋ねしましたところ、「ポーランド出身です。現在、日本で働いています」とお答えされました。どうりで日本語ペラペラなんですね。

 

ポーランドと言えば、当然、全世界のビート糖業にとりまして、あの歴史的なお話をしなければなりませんね‥

 

私から、「15分間のDVD映像がありますが、ご視聴されますか?日本語ナレーションで英語字幕版、英語ナレーション版もありますよ」とお尋ねしますとと、さすがに日本語版よりかは英語版の方がよろしいようで、P.S様は「英語で」とおっしゃったので、英語ナレーション版をご覧戴きました。

 

DVD映像ご視聴後、いつもよりゆっくり目となる通常再生?でご案内させていただきました。

 

帯広製糖所の模型」では、「帯広製糖所は1920年~1977年まで操業し、操業時には工場周辺に線路がありました。国や行政に頼ることなく、民間会社自ら線路を敷いて私鉄鉄道を走らせてビートを運搬していました」、「やがて、旅客業の免許を取得して人も乗せるようになり、周辺地域は栄えていきました」とお伝えしました。

 

ビート模型」では、「ひょっとして実物?」と思うようなリアルなビート模型と根部1ケからできるお砂糖量を示した各サンプル瓶をご覧戴きながら、「ビート根部の重量が1kg、お砂糖分が16~18%と仮定しますと、1ケでできるお砂糖量は160~180gとなります。つまり、ビート6~7ケあればご家庭用1kg袋のお砂糖ができる計算になります」とご説明しますと、P.S様はお砂糖をつくるのに非常に効率が良い作物であることに感心されていました。

 

砂糖の国内生産分布」では、国内における「てん菜糖(ビート)」と「甘蔗糖(さとうきび)」の生産比率(令和5年度)はビート76%、さとうきび24%の割合である一方、休憩室に展示されている「世界の砂糖生産分布図」で世界的には日本国内とは全く逆の傾向で、ビート20%、さとうきび80%の割合であることをご説明しました。

 

ビートからはお砂糖以外に、ビートパルプ、オリゴ糖製品、ベタイン(アミノ酸)、パン酵母(イースト)等も製造し、ビートには捨てるところがないと強調しました。

 

12種類のお砂糖」では、分蜜糖の「グラニュ糖、白ざら糖、中ざら糖、上白糖、中白糖、三温糖、角砂糖、氷砂糖、粉砂糖、顆粒状糖」、含蜜糖の「和三盆、黒砂糖」を展示しており、「お砂糖の結晶の色は‥」、「お砂糖の熱を加えるほど色濃くなる特性(カラメル化)」等につきましてご説明しました。

 

お伺いしますと、P.S様は母国ではグラニュ糖を使われており、母国のグラニュ糖と比べて日本の上白糖はあまり甘く感じないとの意外なご感想を持たれていました。

 

日本では一般的には上白糖の方が比較的甘さが強く、コクがあると言われていますが、ストレートな甘さのグラニュ糖に馴染まれているP.S様の舌には上白糖の甘さはやや物足りなく感じてしまうのかもしれません。

 

ぺーパーポット」は当社が開発した革新的な紙筒移植法であり、この移植法によって生育期間の前倒しが可能となり、雪解けが遅い北海道のハンデを克服できて、ビートの収穫量が飛躍的に増加したことをご説明しました。

 

更に、「ビート以外の作物にも展開可能」、「簡易移植機ひっぱりくんで移植作業が楽々」、「海外にも事業展開」等につきましてお伝えしました。

 

特別記念展示室」では、「皇族方の帯広製糖所の御巡覧」のお写真等が展示されており、昭和天皇の御行幸の際における当社前身の最上級のお心遣いに対しまして、P.S様は大変感心されていました。

 

休憩室」の「世界の砂糖生産分布図」では、「ビート糖(分蜜糖)の生産量が多いのはEU、ロシア、アメリカです」とお伝えしましたところ、P.S様はご自身のスマホで検索され、「EUではフランス、ドイツ、ポーランドの順番に多く、ポーランドでは輸出量が多い」と逆に教えて戴きました。

 

私から、「ビート原産はカスピ海・コーカサス地方で、家畜飼料として利用されていましたが、1747年にドイツ科学者マルクグラーフが家畜用ビートからショ糖分離に成功しました」とご説明しました。

 

更に、「約50年後の1801年に愛弟子アハルトが当時のプロシア(現ドイツ)のシレジア(現ポーランド領)のキューネルンに世界初のビート糖工場を建設し翌年ビート400トンから砂糖約16トンを生産しました」、「これが工場規模での世界初となるビート糖の誕生となり、この地はビート糖発祥の地と言われています」とお伝えしましたが、残念ながら、P.S様はこの聖地に行かれたことはないようでした。

 

少し調べてみますと、この世界初のビート糖工場は1811年に火事で焼失し、その後、ビート糖生産のための学校へと作り変えられましたが、1813年の軍事演習中に破壊されてしまいました。現在、工場の跡地にある公園の一角にはアハルトのレリーフと彼を讃える記念碑が立っているようです。

 

帯広製糖所内部模型」では、帯広製糖所OBの方から寄贈して戴いた手造りの模型をご覧戴きながら、この模型に添付した工程進行番号の順番に沿って、製糖工程の流れを簡単にご説明しました。

 

更に、「この製糖工程の流れ(流送~洗浄~裁断~滲出~清浄~濃縮~結晶~分蜜~乾燥・冷却~包装)は100年以上変わっていません。これは当初の製糖技術がいかに確立されていたかを物語っています」と付け加えました。

 

当館の「ブログ」へのご協力をお願いしましたところ、快諾して戴きました。誠に有難うございます。日甜アグリーン戦略(未来につながるてん菜産業へ)のパネルの横にお並び戴いたところで、ハイ チーズ

 

お伺いしますと、P.S様はゴールデンウイークを利用されて、フェリーで苫小牧に到着し、バイクで道北方面~道東方面と廻られた後、帯広でご一泊して当館にお越し戴きました。当館後は峠越えされて、北海道旅行の終着点である道南方面♨に向かわれるようでした。

 

私から「数多くある帯広の施設の中で、どうしてビート資料館に?」とお尋ねしますと、「ビートについて勉強したかった」とのご返事でした。大変感謝!感謝!です。

 

本日はご来館して戴きまして、誠に有難うございました。

つたない日本語説明にもかかわらず、お耳を傾けて戴き、誠に感謝いたします。

ビートやお砂糖についてご理解をより深めて戴きましたなら、幸いでございます。

今回の北海道バイク旅行が思い出深いご旅行になりますことを願っています。

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7月5日(日)

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